防災教育に関する研究

Ⅰ部
研究の概要:社会教育における防災教育のグローバル展開
研究の目的
研究計画と方法
メンバー一覧
Ⅱ部
5年間の研究成果と今後の研究課題
1.社会教育における防災教育の重要性と緊急性を実証する研究(継続課題)
2.被害想定地域における防災教育プログラムの開発と有効性に関する実証的研究(継続課題)
3.地域における防災拠点としての公民館と防災学習(継続課題)
4.原発被災・復興に資する社会教育の展開(発展課題)
5.気候変動問題に取り組む防災教育(発展課題)
6.防災教育のグローバルな展開とネットワークの形成
7.教育専門職養成・研修における防災教育(新規重点課題)
8.先住民族の知恵と防災教育(特別課題)

*本研究は、日本学術振興会科学研究費補助( 基盤研究(A) 2015-2019)を受けて行っています。

5年間の研究成果と今後の研究課題

はじめに

2015年から2019年までの研究課題「社会教育における防災教育のグローバル展開」(基盤研究A、研究代表:野元弘幸)では、全国の大学の18名の社会教育研究者および国内外の20名の研究協力者が地域の社会教育実践に関わりながら、防災教育研究と実践に取り組み、その研究成果を、学会発表のほか、国際会議での報告、公民館での防災学習会や地方自治体職員の研修、教員免許更新講習などで具体的に還元することができた。これに加えて、熊本地震や北海道胆振東部地震、2019年台風15号・19号など、研究分担者がフィールドとする地域で実際に災害が発生した際に、これまでの研究成果と蓄積を生かし、現場での早急な災害対策に協力したり、災害の経験を教訓とするための調査・研究を実施することができた。これは本研究が実践的な課題に具体的に取り組みながら研究を続けてきた成果であった。

一方、研究の課題も明らかになってきた。東日本大震災から8年半が経過してもなお、被災をめぐる研究の継続が求められたり、災害の多様化や大規模化などで新たな研究課題も見えてきた。また、グローバルな視点からは、気候変動問題がクルーズアップされてきており、日本国内の防災教育研究・実践での地球温暖化対策の位置づけが求められる。さらには、成人教育の国際的文脈においては、防災教育実践・研究に関する世界的なネットワークの構築が求められている。

こうしたことから、これまでの研究代表・分担者が討議を行い、以下の2つを柱に防災教育に関わる共同研究を継続して行なうこととした。まず1点目は、発災時に住民や地方自治体の支援が可能な、より実践的で具体的な展開を行える研究を行うことである。日本においては近年、大規模な自然災害が多発し、全国で防災の取り組みが緊急に求められており、その中でも地域における防災教育・学習の具体的な展開が必要とされている。これに早急に具体的に答えようとするものである。

2点目は、これまでのニュージーランドとの国際共同研究と国連主催の会議での交流や国際成人教育協議会など国際NGOとの連携をベースに、成人教育における防災教育のグローバルネットワーク形成を目指すことである。海外の成人教育研究者・実践者からも日本に対して防災教育研究のイニシャティブを求める声が上がっている。この2つを柱に、来年度以降は、「社会教育における防災教育の実践的な展開とグローバルネットワークの形成」というテーマで共同研究を継続することとした。以下、今後の具体的な研究課題に即して、5年の研究成果を振り返りつつ論じることとする。

1.社会教育における防災教育の重要性と緊急性を実証する研究(継続課題)

東日本大震災およびその後の災害の被災地におけるこの5年間の現地調査・聞き取り調査および記録誌・報告書などの収集・分析から、社会教育における防災教育の重要性と緊急性が確認される研究結果を得ることができた。野元弘幸の「社会教育における防災教育の展開―東日本大震災記録誌の分析を中心に―」(1)は、この課題に真正面から取り組んだ研究成果で、住民の防災訓練の参加率が高く、津波被害に対する住民の備えができていた地域では、津波による犠牲者が少なかったこと、また、そうした地域では行政に依存せずに自治的に地域防災を進める丁寧な防災活動が日頃から行われ、住民の防災学習、防災教育が進められていたことを明らかにした。この作業は、研究分担者のうち主に東日本大震災の被災地でのフィールドワークを行う者が、現地を繰り返し継続的に訪問し、被災者および被災地住民との信頼関係の上に、丁寧な聞き取りを行うことによって可能となった。人の生死にかかわるきびしい事実と向き合う中で行われた、防災教育の重要性の検証は、教育学研究において命を守る教育・研究の重要性を私たちが強く自覚する作業となった。

一方、宮城県石巻市大川小学校で74名の児童が津波と犠牲となった責任を問う裁判に見られるように、約8年が経過してやっとこれまでの主な遺族による事実解明の努力の過程で明らかになっていなかった事実の詳細が判明したり、岩手県大槌町のように町長を含む多くの職員が亡くなった自治体で8年が過ぎてやっと声が上がり始めて、福島県のように原発災害からの復興途上にある地域での証言の収集が依然として困難なところもある。大川小学校の遺族によって石巻市と宮城県を相手に起こされた民事裁判は、賠償を求める裁判ではなく、なぜ多くの子どもが犠牲とならざるを得なかったのか、その事実を明らかにする裁判であった。最高裁判決は遺族勝訴の判決を下したが、遺族はやっとスタート台に立てたとの感想を述べており、今後も事実の解明がすすめられることとなるが、教育学研究としても引き続き注目し、二度とこのような悲劇が繰り返さないために何が必要かを究明していかなくてはならないであろう。

また、2011年に児童・生徒で被災してトラウマを抱えた子どもたちが成人し、被災経験を捉え直し、新たに被災と向き合う文化・教育活動を展開する事例が見られる。宮城県女川町立女川中学校3年の卒業式前日に被災した神田瑞希さんは、眼下に広がる被災地への思いを絵にあらわし、「復興ハガキいのち」が作成されたことで知られるが、この絵がきっかけで絵本作家・内田麟太郎と出会い、絵本作家・ペインターを職業としながら、被災した若者の思いや苦悩、今を生きる姿を伝える活動を行っている。

さらに熊本地震やその後の新たな災害をめぐっての記録や報告も作成されつつあり、社会教育における防災教育の重要性と緊急性を実証する研究を継続する必要がある。引き続き、この研究を継続し、東日本大震災だけではなく、それ以降の震災についても、また海外の災害についても調査研究を行う予定である。

2. 被害想定地域における防災教育プログラムの開発と有効性に関する実証的研究(継続課題)

本研究は、首都直下型地震や南海トラフ地震、北海道東部地震などの、大規模災害を想定して、これらに対応するための防災の取り組みの中で防災教育が果たす役割を強く意識し、具体的な防災教育プログラムの開発に取り組んできた。首都直下型地震については、野元弘幸は東京都国分寺市立光公民館において、公民館の主催講座「防災学習会―災害につよいまちづくり―」のコーディネーターを務めながら地域での防災学習・防災教育のあり様を研究してきた。この講座は、自治会・町内会を中心に住民主体で自助・共助の力をつけることを意識した公民館での学習活動で、都市部における大規模災害時に求められる地域での防災力をどう高めるかを検証することのできる具体的なモデル的な学習実践となっている。

南海トラフ地震については、高知県、徳島県、和歌山県での研究・実践が行われている。南海トラフ地震発生後すぐに高い津波に襲われることが予想される四国太平洋岸については、10分以内に津波第一波が到達し、最高34.4mに達すると想定されている高知県黒潮町の取り組みに見られるように、強い危機意識を持つ自治体首長により、すでに先進的な取り組みが行われており、それらの調査と他地域への情報提供などを行ってきた。その中で、石川一弘(和歌山大学)が鉄道防災教育というユニークな取り組みを展開し、全国的にも注目を集めてきた(2)。南海トラフ地震直後に高い津波が到達することが予想される紀伊半島の沿岸部を列車が走るJR紀勢本線では、従来から車内での乗客への避難に関する周知、線路に降りるためのはしごの設置、架線電柱への避難路の表示を行ってきているが、鉄道防災教育では、乗車中に被災して避難する際の知識や技能を乗客自身が習得する訓練も実施する。紀勢本線を通学に使う高校生が実際の車両を使って訓練も行う。こうした訓練・学習は、全国の鉄道で実施されることが期待される。また、沿岸部だけではなく、都市部の鉄道でも、震災や事故で鉄道がストップしたときの対応として必要となるであろう。

北海道東部地震では野村卓(北海道教育大学釧路校)がチリ地震による被災の記憶を活かした浜中町における津波防災の取り組みを具体的に展開した(3)。浜中町での具体的な防災教育プログラムの内容は、霧多布高校を巻き込み、学校と地域で主にチリ地震津波の歴史を記憶として取り戻そうとするもので、被災学校の文集『赤いまり』での語りを再評価してプログラムの核に据えようとするものである。学校での具体的な実践としても行われる学校における防災の取り組みに活かされている。

これらの防災教育プログラムがさらに質を高めていくと同時に、広く一般に普及し、モデルとなることが望まれており、普及にも力を入れていく必要がある。

3. 地域における防災拠点としての公民館と防災学習(継続課題)

これまでの5年間の研究で、東日本大震災をはじめとする大規模災害で公民館が果たした役割について証言が集められ、公民館が地域の防災や復興の拠点として、また、防災のまちづくりの防災学習の場として不可欠であることが証明されつつある。

東日本大震災関連では、千葉県の長澤成次(放送大学千葉学習センター)、福島県の上田幸夫(日本体育大学)、千葉悦子(放送大学福島学習センター)、宮城県の石井山竜平(東北大学)、手打明敏(東京福祉大学)、槇石多希子(仙台白百合女子大学)、岩手県の野元弘幸、東日本大震災以降では、熊本地震における公民館の役割を調査した山城千秋(熊本大学)、2019年の台風15号・19号関連では、千葉の長澤成次、西日本豪雨の田中治彦(上智大学(非))が、公民館など地域の社会教育・生涯学習機関を防災・復興拠点として位置付けて取り組む学習活動の実態と課題を明らかにする研究成果を得ている。

2011年の東日本大震災以降、公民館は災害時の避難所としてメディアで頻繁に取り上げられ、公民館が災害時に地域住民にとって重要な役割を果たすことは、一般に広く知られることとなった。しかし、それは偶然ではない。ほとんどの公民館が多目的ホールや複数の部屋と和室を有し、調理室もあって料理が可能など、避難所としての設置を従来から備えていたことと無関係ではない。

また、設備面だけではなく、被災者支援を行う組織面でも公民館での多様な文化・学習・ボランティア活動のつながりや組織の存在が注目される。日頃からの地域住民の多様な文化・学習活動を通じての人と人のつながりが、災害時の人々の支援活動・地域活動の力となることが明らかになりつつある。

しかしながら、全国に視野を広めると、被災経験の少ない地域を中心に、公民館における防災学習や防災拠点としての取り組みが緒についたばかりのところも多く、こうした防災拠点や防災学習センターとしての公民館の有効性は広く認められるには至っていない。特に、防災学習センターとしての公民館が果たす役割の重要性についての認識は、これからの課題と思われる。東京消防庁は、防災に関する総合的な情報マニュアル誌『東京防災』を作成し、広く普及しようと試みているが、配布と、消防署員・市役所防災担当による学習会での利用にとどまっているが、公民館と連携しての学習活動を行えば、もっと有効に活用されると思われる。

地方自治体の財政事情が厳しいなか、公共施設の再編によって、公民館の数を減らす市町村も少なくない。今後の5年間では、公民館の果たす役割について、公共施設再編や組織改革で必ずしもその重要性を確認しない地方自治体が増えるなかで、公民館は防災という視点からはますます重要となっているということを踏まえたうえで、あらためて公民館が災害時に果たす役割を、防災と被災後の復旧・復興の視点と合わせて、学術的に明らかにすることが求められている。

4.原発被災・復興に資する社会教育の展開(発展課題)

福島第一原発の事故による放射能汚染による原発災害からの復興は、8年半を過ぎてもなおスタート台に立つことが困難な状況にある。原発被災からの復興と向き合い、被災当事者のエンパワーメントを支える社会教育のあり方に千葉悦子は取り組んできた。手打明敏や上田幸夫、野元弘幸も、この数年、原発が立地する福島県浜通りの帰還困難地域が縮小されて住民の帰還が徐々に進むことに着目しつつ、福島の研究に取り組みつつある。しかし、他の多くの社会教育研究者にとって関心は高くても依然として福島に関わることのハードルは高い。その理由は、言うまでもなく放射能汚染が続くという原発災害の特殊性にある。筆者もこの3年ほど、福島県浜通りの福島第一原発付近の訪問調査を行ってきたが、放射能測測定器を研究費で購入して持参し、実際に継続しながら地域調査を行う必要があった。自己の健康管理のために、今後更に頻繁に通うならば、放射能管理のための研修を受ける必要があると感じているが、そこまではいかないにしても、放射能測定器を持参しての社会教育調査は、教育学研究者として思いもしなかったことである。

この2~3年間に、帰還困難区域が縮小されて住民の帰還が徐々にすすむなかで、復興のまちづくりとそれを支える人づくりをどのように行うかが、大きな課題として自覚されつつある。若者や子育て世代の帰還は進まず、高齢者中心のまちづくりになるところが多いが、そこには人が住み、自治体のサービスを必要とする人がおり、社会教育・生涯学習を求める人々がいるという事実と私たちは向き合わなくてはならない。

また、それと同時に、政府主導の帰還困難地域の縮小、汚染土の再利用、汚染水の海洋放出など、原発災害が抱える深刻な問題は解決されておらず、これらの課題にどう向き合うかも問われている。

一方、健康被害に配慮して、福島以外で自主避難を続ける人も多く、それらの人々のケアや生活支援に伴う学習活動などが求められている。全国各地に被災当事者グループとそれを支援する活動が展開されていて、これらへの対応は、社会教育の課題である。帰還困難区域の指定が解除されても、不安を感じて帰還せず福島を離れて生活する人がいるが、住居費の保障が切られるなどの、新たな生活課題に直面しつつあり、被災に苦しむ人々が現在も多くいることを私たちは忘れてはならない。

また、全国の原発が再稼働するなかで、原発災害への対応や放射能に関する教育・学習は、社会教育の重要な一部となりつつある。福島原発事故直後は、原発ゼロで再生可能エネルギーによる社会をつくる運動が活発であったが、9年目を迎え、再び原発利用の動きが強まっている。原発を再稼働させるのか、原発ゼロにするのかなど、私たちの未来にかかわる大きなテーマでの学習が求められる。

5. 気候変動問題に取り組む防災教育(発展課題)

本研究では、この5年間、特別研究課題として「ESD(持続可能な開発のための教育)と防災教育」というテーマで、降旗信一(東京農工大学)や田中治彦、秦範子(都留文科大学)などが中心となり研究を行ってきた。被災からの復興過程で、あらためて地域の自然環境や特性を再認識し、復興後のまちづくりあるいは災害に強いまちづくりを取り組みに活かすSDGs(持続可能な開発目標)の視点を含む、社会教育のあり方が問われた。

そうしたなかで、より具体的に気候変動問題に取り組む防災教育の必要性が自覚されつつある。その主たる理由は、この数年の世界各地の異常気象やそれに伴う森林火災(アマゾン、アメリカ西海岸、オーストラリア)などの発生にある。日本においても、日本近海の海面上昇により「スーパー台風」が発生し、実際に2019年の台風15号・19号のように日本列島を襲う事態も生まれている。サンマの不漁や熱帯魚の北上など海の中が大きく変化しつつあることも指摘されている。常に地震や津波、火山噴火などの避けがたい自然災害ではなく、地球温暖化に伴う異常気象による災害を防ぐために、地球温暖化対策に取り組む防災教育が必要となっている。

これは、世界的にも防災の取り組みの中心的な課題となっている。2019年5月にスイスのジュネーブで開催された国連Global Platform for Disaster Risk Reduction でも、太平洋諸国、北極圏先住民族、アフリカ諸国を中心に、地球温暖化問題への対応が防災の取り組みの中心に位置づけられるべきとの指摘があった。

日本においては、防災教育の取り組みのなかで、気候変動、地球温暖化の問題を位置づける例は少なく、「ESD:持続可能な発展のための教育」という視点から防災に取り組んでいる環境教育・開発教育関連のグループを除いては、ほとんどない。

地域において社会教育としての防災教育に地球規模の課題を位置付けることは容易ではなく、地球温暖化に取り組む視点を取り入れた防災教育の実践は、実際にはほとんど見られない。しかし、住民の「意識が低く」、難しいと考えるのは適切ではない。2019年から続くオーストラリア火災についてメディアが大々的に報じて以降、コンビニやスーパーのレジ袋の使用を拒否する消費者が急増したと言われる。コンビニでバイトするある学生は「オーストラリアの大火災で苦しむコアラを見て、意識が変わったのでは」と分析する。こうした一般市民の地球温暖化に対する意識の変容にも目を向け、社会教育における防災教育でも気候変動対策に取り組む実践・研究が必要である。

6. 防災教育のグローバルな展開とネットワークの形成

この5年間では、ニュージーランド、韓国、タイ、フィリピンなどの共同研究・比較研究を行ってきたが、ニュージーランドについては、防災教育関係者との具体的な共同研究・実践を通じて、防災教育の国際共同研究の枠組みや手法に関する研究を行ってきた。

日本列島と同じように太平洋プレートのもぐりこみ上に位置するニュージーランドは、日本と同様に、地震、津波、火山噴火などの自然災害に襲われ、今後も被災が想定されているにもかかわらず、津波などに対する備えが十分にできていないことに気づいた野元弘幸は、サンディ・モリソン(ワイカト大学)などニュージーランドの成人教育、マオリ民族教育研究者と共同で、主としてニュージーランドにおける津波防災教育の発展のための取り組みを始めた。共同研究はまだ緒についたばかりであるが、次の2つの柱で研究を行っている。1つは、北島東部のプレンティ湾郡 Bay of Plenty 沿岸部の津波防災教育の研究である。同郡パパモア海岸は、近海で地震が発生した場合には、最大14メートルの津波が到達すると想定されているが、同海岸に位置する複数の小学校を含む地域での津波防災対策が必ずしも十分ではない・日本の東日本大震災の教訓と防災教育研究の成果を活かす取り組みが、学校スタッフと同郡防災担当と共同で行われている。

もう1つは、マオリ民族の口碑を活かした防災の取り組みを発展させるための共同研究である。ニュージーランドにマオリ民族がポリネシアの島々を伝い、カヌーで上陸したのが13世紀頃と言われ、日本と比較すると歴史は浅く、文字資料が残るのは17世紀のヨーロッパ人到着以降であるが、マオリ民族は口承で自然災害の歴史などを語り継いでいる。これを地質学や考古学による津波堆積物調査などで証明していく研究が、ニュージーランド国立水大気圏研究所(NIWA)のダレン・キングらによって行われており、日本のアイヌ民族による津波口碑研究グループとの共同研究も行っている。

これらの研究成果をまずは英語圏に広げようと、日本・ニュージーランドの共同研究者による英語の論文集にまとめつつある。しかし、それらグローバルな展開はまだ限られていて、今後さらに地域や課題別で拡大していくことが求められる。

一方で、国際的な防災教育の取り組みの中で、学校教育での防災教育は積極的に行われているが、成人教育分野では不十分であることが明らかになりつつある。学校教育に関連しては、Global Alliance for Disaster Risk Reduction and Resilience in the Education Sector (GADRRRES)やSafe Children, Safe Schools Communityなどがあり、活発にグローバルな交流が行われており、国連主催Platform for Disaster Risk Reduction で定期的な交流が行われている。

成人教育については、ユネスコ主催の国際成人教育会議CONFINTEAでテーマとして位置付けられてきておらず、韓国で開かれた中間会議CONFINTEA6+でやっと位置付けられるようになった(4)。ユネスコの成人教育関係で最大のNGO「国際成人教育協議会」の総会や関連会議でも防災教育は十分に位置づけられておらず、会長のサンディ・モリソンも、成人教育における防災教育の展開が十分ではないと指摘して、拡大のための国際的なネットワークの創設を模索している。今後、日本が中心となり、グローバルなネットワークの形成に積極的に取り組むための研究・実践を行う必要がある。

7.教育専門職養成・研修における防災教育(新規重点課題)

本研究の研究代表者および研究分担者は、この5年間、それぞれの本務校、勤務校において、社会教育職員養成・研修や教員養成・研修に関わってきているが、その過程で、教育専門職養成・研修における防災教育の位置づけが十分でないことを実感してきた。一般社会で防災教育や防災学習の重要性が言われているにもかかわらず、学校や社会教育施設で災害時に救命・復旧・復興活動の中核を担うことになる教員や公民館職員が、必ずしも適切な防災教育・研修を受けていない。新教員養成課程では、学校安全と合わせて防災についても学ぶことが求められているが、各大学における防災教育の位置づけは必ずしも大きくない。

そこで、本研究に参加の研究者はこの間、それぞれの大学で教員養成課程、社会教育主事養成課程で防災教育を位置づける取り組みを始めた。野元弘幸は、本務校の首都大学東京/東京都立大学で、2011年の震災直後から、社会教育主事資格科目である「生涯学習概論」や「社会教育学特殊講義」で防災に関する内容を取り入れてきた。両科目で、第1回のオリエンテーションが終わったのちの第2回目の授業で、1985年にパリのユネスコ本部で開催された第4回国際成人教育会議で採択された「学習権宣言」を紹介しつつ、東日本大震災で家族を失い、家を失った被災者が数か月間の避難所生活を余儀なくされるなかでも、コンサートが開かれたり、図書コーナーが設けられたりしたことを示し、人の学びは「生存の欲求が満たされたあとに」行われるのではなく、「人間の生存にとって不可欠」であるとのユネスコ学習権宣言の訴えの正当性を学生に示している。

これに加え、首都大学東京が開講する教員免許更新講習で2018年から「地域と学校における防災教育」というテーマで、東日本大震災の教訓に学び、学校や地域での犠牲者を一人も出さない防災の取り組みについて考える研修を行っている。講師は野元弘幸のほか、柏崎正明(大船渡市教育委員、元大船渡小学校校長)や佐藤敏郎(小さな命の意味を考える会代表、元宮城県中学国語教員、大川小学校遺族)など、東日本大震災の被災経験があり、被災の教訓から学ぶことの重要性を訴える活動を全国で行う教員である。受講する教員の多くは本務校の校内分掌で、安全・防災を担当しており、非常に熱心に受講し、質疑応答も活発に行われている。「予想していた内容を超えるもので、学んだことを現場ですぐに生かしたい」という感想をレポートに記す人が多く、高い評価を受けていることがわかる。

こうした教育専門職員養成・研修課程における防災教育は、早急に科目等を新設し、今後一層充実させていることが求められているため、今後の共同研究において、新規の重点の課題として位置づけることとなっている。その際、特別支援学校や国際学校など要支援者が通う学校の教員養成・研修の視点は欠かせない。

8.先住民族の知恵と防災教育(特別課題)

日本の先住民族であり、北海道に多く住むアイヌ民族は、過去の自然災害に関する口碑(口伝による過去の記録)を残しており、それらの口碑が今日の防災の取り組みに大きな示唆を与える。研究代表者の野元弘幸は、この5年間に北海道沙流川流域のアイヌ民族の津波口碑の解明と防災教育への応用の研究を行ってきた。アイヌ民族女性でありアイヌ民族教育に取り組む島崎直美に研究協力者として参加してもらった。

沙流川流域のアイヌ民族の口碑「沙流川の大海嘯」は、かつて河口から約10キロほどに位置する現平取町まで津波が遡上し、川幅が狭隘になる岩場で大きな水柱が立ちあがるとともに、引き波で多くのアイヌの人々が亡くなった様子を語っている。これは、故人となったアイヌの長老(エカシ)鍋沢保(たもつ)氏からの聴き取りによるものである(5)。また、沙流川河口に位置する富浜地区に残る口碑「黒きつねの伝説」は、海の沖合が赤く染まる異変を感じて夜中に異常な鳴き方をする黒きつね(オオカミ)の声に異変を察して、アイヌの村(コタン)の人々が津波から難を逃れたというものである。いずれの口碑も、これまで地質学や考古学の研究者からは顧みなれなかった話であるが、河口付近の地質調査で、1640年の北海道駒ヶ岳大噴火の山体崩壊に伴い発生した大津波による津波堆積物と推定される地層を発見したことを根拠に、妄想や伝説の類ではなく、過去に実際にあった災害の記録で、先住民族が大自然の中で生存していくための知恵である口碑として重視すべきであることを示すことができた。

この沙流川の大津波に関わる研究の成果は、2018年にカナダのトロントで開催された世界先住民族教育会議において、「先住民族の伝統知を活かした防災教育」として、野元弘幸、島崎直美、広瀬健一郎(鹿児島純心女子大学)が共同で発表を行った。その後、世界の先住民族との連携が試みられている。

また、ニュージーランドとの共同研究でも、マオリ民族の自然災害に関わる口碑研究も重要な研究課題として位置づけられ、ニュージーランドのマオリ民族の口碑研究に取り組むダレン・キング(ニュージーランド国立水大気圏研究所)らとも今後さらに共同研究を発展させる予定である。

おわりに

研究課題「社会教育における防災教育のグローバル展開」の研究活動においては、関連する学会誌での学術論文の発表は必ずしも多くない。しかし、これは研究が進まなかったことを意味するものではない。この5年間、それぞれの地域で実践とかかわりながら研究を行ってきた研究分担者の多くが、防災や復興の取り組みという住民・市民の生命にかかわる活動への緊急な対応を迫られ、フィールドに出て、被災者・被災地域への具体的なかかわりや助言を求められることがあったためである。

また、東北地方以外に、研究分担者自身が被災当事者になることもあった。2016年4月に発生した熊本地震では、研究分担者の山城千秋が被災住民となった。きびしい状況のなかで、自らの生活再建を行いながら、熊本の公民館の被災状況や、被災時の対応、復興過程で公民館が果たした役割などを調査して成果としてまとめている(6)

研究代表者の野元弘幸は神奈川県相模原市緑区に住むが、彼もまた2019年10月12日に首都圏を襲った台風19号で大きな被害を受け、彼自身が被災当事者となった。自身が負傷したり、家屋に被害があったわけではないが、地元で自主防災組織の隊員として活動するなかで、台風に伴う豪雨で避難指示が出る中、地域の高齢者の避難支援を行い、台風通過後は、地域住民の安否確認、被災状況の確認、土砂崩れの現場確認と普及作業、国道やJRのストップによる孤立からの脱出など、精神的なダメージが大きく、ストレスのたまる状況が続いた。その結果、ある公民館での防災学習の際にプロジェクターで映し出された多くの被災の写真に、体調不良を起こす体験をした。

こうした具体的で実践的な研究と現実への対応が今後も求められることは間違いない。今後発生するいかなる災害においても、「地域から一人の犠牲も出さない」という意志と自覚をもって研究を継続していきたいと考える



(1)野元弘幸「社会教育における防災教育の展開―東日本大震災記録誌の分析を中心に―」首都大学東京人文科学研究科『人文学報』第501号、2015年3月、27-52頁。
(2)西川一弘「生涯学習を通じた鉄道防災教育の展開―鉄道防災教育・地域学習列車『鉃學』の取り組みから―」野元弘幸編『社会教育における防災教育の展開』大学教育出版、2018年、35-55頁。
(3)野村卓「北海道浜中町のチリ地震津波の歴史を記憶として取り戻す―浜中町立霧多布高等学校の取り組み―」野元弘幸編、同上、170-194頁。
(4)野元弘幸「成人教育における防災教育の展開と課題―東日本大震災での経験と学びを共有するために―」長岡智寿子・近藤牧子編著『生涯学習のグローバルな展開―ユネスコ国際成人教育会議がつなぐSDG4の達成』東洋館出版社、2020年、124-132頁。
(5)野元弘幸「先住民族の知恵を活かす防災教育―北海道・沙流川流域におけるアイヌ民族の津波口碑の事例研究―」首都大学東京人文科学研究科『人文学報』第513-5号、2017年3月、63-81頁。
(6)山城千秋による熊本大学教育学部社会教育研究室『熊本地震と熊本市の公立公民館に関する社会教育調査』2019年3月などを参照。